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フランス料理の歴史3

 「パンがなければお菓子をたべればいいじゃない」
といったのは、かの有名なマリー・アントワネットです。
原文は「Qu'ils mangent de la brioche」直訳すると 、
「彼らにはブリオッシュを食べさせなさい」となります。
ブリオッシュは現代ではパンの一種の扱いであるが、
かつてはお 菓子の扱いをされていました。
バターと卵を普通のパンより多く使った、
いわゆる「贅沢なパン」 のことだったといわれています。

マリー・アントワネット・ジョセファ・ジャンヌ・ド・ロレーヌ・
オートリッシュは、
ハプブルス家のマリア・テレジアと神聖ローマ
フランス料理皇帝フランツ1世の十一女として生まれました。
出身はオーストリアウィーン。

ルイ16世との政略結婚でフランスへ嫁いできました。
このとき、彼女はかつてフランスに嫁いだカトリーヌ・
メディシス のように、
お菓子やパンをオーストリアから持ち込みました。
一説によると、フランスにクロッワッサンを持ち込んだのが、
マリー だともいわれています。

当初、趣味・気質などの不一致や、
ルイの性的不能などで夫婦仲は 思わしくなく、
その寂しさを紛らわそうと毎夜の仮面舞踏会、
スウェーデン貴族、
ハンス・アクセル・フォン・フェルセン伯爵との浮 き名は噂となり、
多大な浪費とギャンブルでフランス王室の財政を傾けました。
そんな悪評高きマリーだが現在では、
彼女に対する悪評は、
その殆 どが中傷やデマだという事が判明しています。
彼女の失態が、大いに誇張され、民衆の間に憎悪を生み、
コンコル ド広場にて、断頭台の露と消えることとなります。

フランス革命を境に、
フランスの王侯・貴族お抱えの料理人が、
失業しすることになりました。
そこで彼らが、
宮廷料理を大衆化した食事を供する食堂を開いたのが、
フランスのレストランのはじまりとななるのです。                    

ちょっと、トリビア

マリー・アントワネットは現在では、フランス料理、
イタリア料理 に欠かせないあるものを発明している。
それはワイングラスです。
これは自分の乳房に似せて作らせたものだそうです。

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