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なにわの伝統野菜の勉強へ行ったよ

ここは、動物少年院です。
罪を犯した未成年の動物が送られる刑務所です。


↑お魚窃盗罪で逮捕されました、ちびたろうです。
後ろには看守のたまさんが、目を光らせていますので、
脱獄する事ができません。

そこで、反省しているので、早く出たいといいましたら、ブログを書けば、
恩赦がつくとのことなので、今回ブログを書くことにしたにゃご



さて、でんでんがなにわの伝統野菜のセミナーで復習してきたそうだにゃご。

開催場所は、大阪天満橋の「エル・おおさか」ですにゃご。


↑講師は、元 大阪府立食とみどりの総合技術センター、
 農学博士の森下正博先生です。

森下先生といえば、なにわの伝統野菜の立役者です。
博士のお陰で、数々のなにわの伝統野菜の原種が復刻されましたにゃご。

今回は、なにわの伝統野菜の中でも、もっともメジャーな二品、
天王寺蕪と田辺大根のお話です。

ちなみにこのスライドの絵は、古代の大阪で海岸から、
上町大地を見た想像の絵だそうだ。

古代の大阪は、河内湾という海で、
今の石切まで海岸線が迫っていたというにゃご。
それが大和川、淀川などの土砂が堆積し、淡水化し、河内湖になり、
それがさらに、上流からの土砂などで埋め立てられて、
現在の大阪平野になったそうだにゃご。

大阪というのは、大半が元々海だったので、
今でも地質というのが肥沃で、
野菜栽培にうってつけの土地なんだそうだよ。


↑右の人物が森下博士だにゃご~。
 ヴァイオリンを弾くのが趣味だそうで、
 会が始まるまでずっと弾いていたそうだよ


↑最近では、お店や大阪の食品会社さんから、
 様々ななにわの伝統野菜の商品が作られていますにゃご。

ちなみにでんでんは、大阪の食品メーカーで
はじめて、なにわの伝統野菜の漬物を商品化し、
スーパーに流通させた食品会社で勤めていました。
主に使っていたなにわの伝統野菜は、天王寺蕪、田辺大根・・・etcです。

当時は、流通量もすごく少なく、
特に天王寺蕪を仕入れるのが大変で、
しかも、蕪の頭の部分も小さく、皮をむくのが大変だったそうだ。

江戸時代には、美食家として知られているし、
狂歌師の蜀山人は、大阪で食べた、
天王寺蕪や吹田くわいがおいしかった事を思い出して

「思い出る 鱧の骨切りすり流し 吹田くわいに天王寺蕪」

という歌で詠んだほどでしたにゃご。

ちなみに野沢菜は、天王寺蕪が先祖だという説があります。
1756年、野沢温泉村の健命寺の住京都に遊学した際、
天王寺蕪の種子を持ち帰り、それが寒冷地の為、
頭の部分が成長せず、葉が成長し、野沢菜になったという説だ。

しかし、近年の種子表皮細胞や遺伝的研究から、否定されているそうだ。
日本のカブは、大きく分けると西日本主流のアジア系と、
東日本の山間地に多く栽培された、たヨーロッパ系に大別されるにゃご。
天王寺蕪はアジア系であり、野沢菜はヨーロッパ系の特徴が強いのだ



そんな、なにわの伝統野菜も普及活動が進み、
一般に広く知れ渡るようになりました。


↑田辺大根の資料です。
昭和22年頃にも田辺大根が作られていましたが、、
当時と今を比べると大きさや形がずいぶん違いますにゃご。

さて、この後は、なにわの伝統野菜を
自分のお家で植えてみようということで、
育て方も教えてもらったらしいよ。

続く。

場所:大阪市中央区北浜東3-14 エル・おおさか

アクセス:地下鉄谷町線「天満橋」駅2番出口
      地下鉄堺筋線「北浜」駅 3番出口
      京阪電車「天満橋」駅 東口より西へ300m
      京阪電車「北浜」駅 30番出口より東へ500m

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