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三十三間堂へ行ったアルヨ~2014年編~

今日のブログ担当:雉兵衛

動物協会柏原本部塩昆部長の雉兵衛です。
塩昆部長という肩書をもらいました。
この肩書が、一体何なのか、全然意味が分かりませんが、
一応出世したのかなにゃ
肩書が付くとなんだか偉くなったようで、不思議だなあ。

守護霊ねこちゃん注「肩書が付いたからって、別にえらくないにゃ」



JR京都駅


でんでんとかのんが三十三間堂という所へ行ったそうですにゃ。
JR京都駅からバスに乗っていったらしいよ。


京都駅前には京都タワーもありますよ~


バスに乗り場です。
ここからバスに乗ってGO



三十三間堂

毎年成人式近くの日曜日は、無料参拝が行われています。
千体の観音様が見られますにゃ~。
堂内は写真撮影禁止のため、写真は撮れませんが、
是非、ここに来てみてください。
まさに圧巻ですよ、っとでんでんが言っておりましたにゃ。


三十三間堂は、久寿2年(1155年)に後白河天皇の御所として、
造営されました。
しかし、約80年後に焼失し、まもなく後嵯峨上皇によって再建されたんだにゃ。
その後も手厚く護持され、室町期時代に、
足利第六代将軍義教により本格的な修復が行なわれたそうにゃ。

屋根瓦の葺き替えをはじめ、
中尊・千体仏と5年を費やして内外両面の整備を行ったそうだ。
すごいにゃ~

 

三十三間堂は、豊臣秀吉とも縁が深いんだにゃ。
交通の要所だったこの地に目を向けた秀吉は、
後白河院や清盛の栄華にあやかろうと思い立ち、
その権勢を天下に誇示するためにも、
奈良大仏を模した大仏殿方広寺を三十三間堂の北隣に造営したんだにゃ。
お堂や後白河上皇の御陵をも、その境内に取り込んで土塀を築いたのです。
今もその遺構として南大門・太閤塀が残っています。
大仏殿は文禄4年(1595)9月に完成し、
千人の僧侶により落慶供養されたといいますにゃ。

この長い本堂は約120mもあるそうですよ。




今まで何度も来ていますが、ゆっくりと境内を散歩していなかったので、
ぶらぶらしていると鐘を見つけました。


勝手についちゃだめだよ~


池もあります。
池に門が映って、素晴らしい眺めですね~。




今回の思い出写真です。
歴史ある素晴らしいお寺です。
是非皆さんもお参りください~。

さて、次は法住時の大根炊き編ですよ~。

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