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加島周辺をぶらぶら

浪花の作曲家猫のキジ・タローですnote

作曲活動としては、DJSIKAの楽曲を提供したり、
動物番組のテーマ曲やCMの楽曲を担当しています。
浪花のネコモーツアルトの異名をもっていますnote


加島は大阪市の淀川区になります。
最寄駅は、JR東西線の加島駅になります。


JR東西線は駅ごとにシンボルマークがあります。
加島駅は波のマークです。


加島駅の記念スタンプです。
ここではなんと台紙も用意してくれるそうですよ。
すごいですね~sign03

地名の由来については、「假島」が転化したという説や、
鍛冶職人が多く住んでいた島ですので、
「鍛治島」から転化したとする説があります。
古くは蟹島・神島・歌島・賀島などとも表記したそうですよ。
奈良時代ごろ宿場町として栄えたところでもあります。

今はアステラス製薬などの製薬会社や中小企業や運送業などが集う、
一大工業都市です。

flag香具波志神社

加島のスタンプにもなっているのが、ここ香具波志神社です。

「加島神社旧記」によれば、天徳3年(959年)に倉稲魂神・
保食神を祀ったとあります。
社名は孝徳天皇が当地に行幸された際に、
「香ぐはし」と詠まれた句に依ると云われています。
とても由緒ある神社なんですよねnote


本殿もなかなか立派ですよね~。

ちなみにここには、今NHKで放送されていた、
朝のドラマ「あさが来た」飲むモデルになった、
加野屋のモデルになった、加島屋の屋号が記された台石があります。


赤でで囲ってあるところが加島屋の屋号です。
旧漢字ですので「加嶌屋」という屋号ですねsign03

加野屋(加嶌屋)は米問屋から豪商になり両替商などを始めて、
今の大同生命になります。

加野屋(加嶌屋)の当主であった、劇中では、
ディーンフジオカ演じる五代友厚はもちろん実在の人物です。
五代友厚は薩摩国鹿児島城で武士の家の次男として生まれます。
慶応元年(1865年) イギリス、オランダ、フランスなどにわたり、
当時江戸時代では、珍しいヨーロッパの世界を体感した人で、
明治時代になり大阪にわたり大阪で大活躍します。
大阪では今でも春の風物詩として楽しまれている、
大阪造幣局を創設し、「桜の通り抜け」を考案した人物です。
また、大阪市役所の真ん前にある、「日本銀行大阪支店」は、
かつては五代友厚のお屋敷があった場所らしいですよ。
大阪商工会議所の設立者でもあります。
他にも大阪証券取引所、大阪市立大学、大阪商船(現商船三井)、
南海電気鉄道などかつて大大阪と呼ばれた、大阪経済の礎を気づいた人物です。
大久保利通、木戸孝允、板垣退助らが料亭に集い意見交換を行った、
「大阪会議」などにもかかわり、経済界だけではなく、
政界にも大きな影響を与えた人物です。
また、幕末の志士である、勝海舟や高杉晋作とも親交があり、グラバー商会の
トーマス・ブレーク・グラバーらと共に事業にかかわってい事から、
もしかすると坂本龍馬なんかとも親交があったのかもしれませんね。
などと考えると本当にすごい人物ですね~note
そんな五代友厚の加嶌屋ゆかりの神社を皆も見に行きましょうsign03

加島駅から少し行くと神崎川が流れています。
大きな川ですよね~。


神崎川を東海道新幹線が横切っています。
鉄っちゃん的には、ここはなかなか良い撮影スポットではないでしょうか?

しかし、でんちゃんブログ的に注目したいのは

これ、

さて、ここでクイズです。
なんと読むでしょうか?

守護霊ねこちゃん
「わかったにゃ!!
モスラおおはしって読むんだにゃsign03


答えは、「モスリンオオハシ」って読みます。
ちなみになんでこんな変わった橋の名前になったかといいますと、
昭和初期のころに毛斯綸紡織という紡織の工場があったのです。
元々はこの工場の私設の橋だったそうだけど、
会社が無くなって「モスリン」という橋の名前だけが残ったそうです。

意外に面白スポットがある、加島にみんなも行ってみようsign03

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