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大阪・まち・再発見ぶらりウォークへ行ってきたアルヨ~其の壱~

皆さん、おはよう、こんにちは、こんばんは。
鴨乃橋鴨彦です。鴨ですが、鴨博士号を持っています。

今回は歴史ブログということで、歴史好きの私がブログ執筆に抜擢されました。
頑張るかも~。


さて、でんでんとかのんが、
大阪・まち・再発見ぶらりウォークというイベントへ参加したそうだ。
大阪の恩人「五代友厚」ゆかりの大阪を往くというサブタイトルが付いているよ。
主に五代友厚のゆかりの地を周る行程になっているよ。


ツアーはこの地図と


この矢印を道しるべにして進んでいきます。

北大江山公園をスタートしまずは八軒矢浜へ。


八軒家浜

場所は天満橋になります。
ちょうど時間的に満潮だったので、海水がだいぶん上がってきているのか、
随分と塩の匂いがしたそうです。


天満橋の八軒家浜です。
平安時代には渡辺津(わたなべのつ)と呼ばれており、
かつて、この地に住んでいた大江山の酒呑童子や、
一条戻橋での鬼退治で有名な頼光四天王筆頭の渡辺綱が
渡辺氏を起こした地でも有名です。
全国の渡辺氏発祥の地でもあります。
四天王寺、住吉大社、高野山、
そして熊野三山への参詣道である熊野街道の起点として、
駅楼が置かれたことでも有名です。

八軒矢浜の名の由来は、
江戸時代に船宿などが8軒並んでいたことから
「八軒家浜」と呼ばれるようになったそうです。

京(伏見)と大坂を結ぶ「三十石船」と呼ばれる過書船のターミナルとなるなど、淀川舟運の要衝として栄えたところです。

江戸後期には、京からやってきた坂本龍馬も利用していたとか。


大阪商工会議所


五代友厚が初代会頭を務めた大阪商法会議所(現大阪商工会議所)です。
1878年(明治11年)7月に設立の願書が府に提出され、
8月に大阪商法会議所が設立されました。
現在は大阪だけではなく関西を代表する経済団体になっています。

さて、今回のツアーの主人公である五代友厚の事を簡単に紹介しておくと、

薩摩藩出身の五代友厚は、実業家として、大阪の様々な産業を発展させ、
大阪会議を開催の立役者として、日本史にも影響を与えたました。

若かりし頃から海外を回り、
戊辰戦争では西郷隆盛や大久保利通らと戦いったとか。
(大久保とはこの時からの大親友)

坂本龍馬と共に長崎でポルトガル領事から、
いろは丸(のちに海援隊が譲り受け衝突沈没事件が発生する)を購入するなど、

坂本龍馬は勿論、勝海舟、高杉晋作、トーマス・グラバーなど
幕末に活躍した人物とも交友し幕末日本で活躍した重要人物の一人です。

さて、そろそろ次回へ続きます。

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