でんちゃんです。

↑ちょっと、ねむいです。
1月11日は、ワンワンワンで戌の日です。
つまんねえ~。
さて、今年は丑年だそうだ。
残念ながら、猫年というのはない。
ねこちゃん残念。
と、いうわけで本日のブログねたはでんでんとかのんが、
自宅の近くの服部にある服部天満宮へいったレポートあるよ。

↑10日の豊中えびすで大勢の人で賑わっています。
この服部天満宮は、WiKiペディアによると、
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御鎮座の時期については詳らかでないものの、帰化人集団「秦氏」が允恭天皇の御世(412年~453年)に織部司に任じられ、当地を服部連の本拠とした際、外来神の少彦名命(医薬の神)を祀ったのが始まりとされる。この頃はまだ、小さな祠だったという。
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なんでも、あの謎の渡来人集団秦氏が建立した天満宮だそうだ。
秦氏といえば、一説によると、ヘブライ人(今のユダヤ人)の失われた十氏族のガド族ともいわれているそうな。
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783年(延暦2年)、藤原魚名は大宰府に左遷され筑紫国へ向かったものの、当地にて病没。祠の近くに葬られた(「川辺左大臣藤原魚名公の墓」が今も境内に残る)。約100年後の延喜元年(901年)、菅原道真が魚名と同様、大宰権帥として左遷され任地へ赴く途中、当地で持病の脚気に襲われ動けなくなった。そこで里人の勧めるまま、路傍の祠と魚名を祀る五輪塔に平癒を祈念したところ、たちまち健康を取り戻し、任地へ辿り着けた、との言い伝えがある。菅原道真の没後、天神信仰の高まりと共に当社にも菅原道真を合祀することとなり、新たに堂宇が建立された。この頃から「服部天神宮」と呼ばれるようになり、また菅原道真の故事に因み「足の神様」として崇敬を受けた。
今でも「(足の)スポーツ傷害に遭いませんように」「ベスト記録を出せますように」「試合に勝てますように」などと願うサッカー選手・陸上競技選手などスポーツ選手の参詣が多い。
近世に入ると、当地が能勢街道の宿場町だったこともあって徐々に門前市を成すようになり、中でも江戸時代後期の文化年間(1804年~1817年)、文政年間(1818年~1829年)には殷賑を極めたという。
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あの学問の神様といわれている菅原道真公ゆかりの天満宮だそうだ。
また、ここは足の神様として有名で、大勢のサッカー選手が訪れるそうだ。
↑なので、こんな感じのサッカボールのお守りがあります。
入り口では宮司さんが、お払いをしてくれます。
大きなお払い棒を振って、乙って感じですね。
(撮影掲載許可済み)

↑まずは手と口を清めましょう。
↑福娘さんです。笑顔の素敵な美人さんですね~。
(撮影掲載許可済み)
↑こんな立派な丑さんの絵馬もありますよ。
↑えびすを祀る神社では、1月10日 を中心とする数日間、十日戎(とおかえびす)と呼ばれる祭が行われ、商売繁盛に御利益のある福笹・熊手などの授与が行われるあるよ。
↑お神酒もあるよ。
でんでんもかのんも家の近くにこんな神社があるとは、いいねえ。
今度はでんちゃんも連れて行ってね。
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